不安と欲望

今季に取っていた授業でもう一つ面白かったのが、Mergers and Acquisitions (M&A) である。

自分はM&A案件の精査や、買収後の統合に関しては経験が多少あるけれど、全体を通して関係者として経験したことはない。それでも、企業合併・買収については、1つ1つが特別で、ほんと様々な側面があり、とてつもなく深いものだということは何となく分かる。なので、こういう授業ではともすればある側面だけにフォーカスして全体感を失ったり、逆に上っ面で内容の浅いまま終わってしまう危険がある。

しかし、この授業はいい意味で期待を裏切ってくれた。M&A全体についての大きなテーマを捉えつつ、それぞれが持つ深みを垣間見せることに成功している、非常にバランスの取れた授業だった。

大きな成功要因は、この授業を1学期通して教えてくれた講師にある。教授と一緒に教えるのは、Safra Catz。世界第二位のソフトウェア会社であるオラクルのNo2(社長・共同経営者)である*1

ラクルは、これまでにほぼ100回もの企業買収を通じて現在のポジションを確立していて、社内に企業買収専用の部隊を持っている。文字通り百戦錬磨である。入札相手との激しい競争、買収ターゲットとの泥沼の裁判、独占禁止法の規制など、買収に関するあらゆる問題にも直面している。

毎回、M&Aに関連するテーマについて、教授のセオリー、キャッツ氏の経験談とそこからくる実践的な学び、そして豪華ゲストの講演によって、テクニカルな概要と、それを実践するにあたって出てくるより「人間的」「実際的」な側面や、主人公が経験する心理に光までが当たる。

そういう訳で、授業で出てくる具体的な内容はもちろん口外禁止なのだが、自分が得た大きな学びを書きたいと思う。


Fear and Greed - 不安と欲望 -

M&Aの渦中にある登場人物はすべて、不安と欲望の葛藤に翻弄される。
例えば、買う側の経営陣としては、
「早く成長したい欲望」 「自分がトップの間にデカイ成果を上げてヘッドラインを飾りたい欲望」 「より大きな『帝国』を築きたい欲望」
そして
「悪い会社を掴まされる不安」 「足元を見られ高値で買わされる不安」 「強く交渉しすぎたためにディールがまとまらない不安」 「買収後の統合がうまくいかない不安」

買われる側としては、
「実際より高く売りたい欲望」 「(大株主の)自分が大儲けしたい欲望」 「会社を次の成長ステージに導きたい欲望」
そして
「買われた後の自分の首の不安」 「自社の誇りやビジョンを踏みにじった守銭奴と評価される不安」 「強く交渉しすぎたためにディールがまとまらない不安」 「自社のカルチャーが毀損されて統合がうまくいかない不安」

などなど。
だから、「誰」がその交渉の関係者で、個人としてどういうアジェンダや不安・欲望を持っているか、を自分側と相手側について詳細に知っていることが重要になる。
だから、同じ会社であっても、「人」によって過程・結果は変わるし、「この結果がよかったのか」という問いに適切に答えるのは多くの場合非常に難しい。

言葉にすると、どういう交渉や戦いなどにも当てはまることなんだけど、経験者が語ると重みがある。


もう一つ、非常に印象に残っていることが、ゲストに、オラクルの共同経営者の一人で、世界トップのPCメーカーであったヒューレット・パッカードの元CEOであるMark Hurdが来たときである。彼は、迷走していたHPを大きく立て直した功績と、一方でセクハラスキャンダルで電撃辞任という傷も負っている人である。
その彼が、HP時代の経験や、「迷走する世界トップクラスの企業に大鉈を持って乗り込んで立て直す嫌われ役」であることの心労・恐さ、現在のHPの問題、その後オラクルに移ってからの仕事のやりがいの違いなどを非常に深く語ってくれた*2


このクラスの大物が、片や毎週3時間を割いて自身の学びを惜しげもなく伝授してくれ、片や自身の失敗や恐怖も含めて生徒とのQ&Aに正直に答えてくれる。
その経験・内容自体も価値が高い。また、自分の将来の姿を描くときに、もしこの規模の企業の経営者になるとしたら、どういった感じの人物になっているものなのか、ということを想像するにあたっても、リッチな時間だった。

*1:2009年 Fortune誌が選ぶビジネス界で最も影響力のある女性12位、2011年年間報酬40億円など

*2:この数週間後にHP・オートノミー買収問題がオラクルも絡んで噴出したことを考えると、いいタイミングで非常に貴重な話が聞けた。Oracle、HPが買収したAutonomyのCEOをうそつき呼ばわり